末梢神経絞扼障害

末梢神経絞扼障害

私たち脳神経外科医は、本来は神経全般(脳、脊髄、末梢神経)を診ることができなければなりません。愛知医科大学では脊椎脊髄センターがあり、脊椎・脊髄疾患を扱っていますが、脊椎・脊髄疾患と思われていた患者さんの中に、神経学的検査上、末梢神経絞扼障害が原因であったり、併存していたりする場合があります。脊椎・脊髄手術後に症状が改善しない理由にもなります。私たちは、手術でよくすることができる末梢神経絞扼障害に対しては、積極的に手術を行い、神経症状が少しでも改善させられるように努力しています。末梢神経絞扼障害の中で最も頻度の多いのは、手根管症候群であり、次いで肘部管症候群です。そのほかギオン管症候群、胸郭出口症候群などがあります。下肢にも神経絞扼障害はありますが、いまだに診断方法、治療法が確立されていないものが多くあります。腓骨神経絞扼障害、足根管症候群がその代表です。そのほかにも梨状筋症候群、後骨間神経絞扼障害、肩甲上神経絞扼障害、梨状筋症候群、前皮神経絞扼障害などがあり、私たちはどの部位であっても改善が期待できるものに対しては手術治療を行っています。

1.手根管症候群
親指から薬指半分の指と手のひらの感覚を支配している正中神経が障害されたものをいいます。正中神経は、手首から手掌にかけて正中を走っていますが、手根管部で絞扼(締め付けられる)されて症状をきたします。

FFR-CT

右図では、紫色の部分です。左が手掌側で、右が手背側です。
赤線で囲った部分は、手根管症候群ではしびれを訴えません。


原因としては、手の使い過ぎで起こることが多く、その他ガングリオン・神経鞘腫などの腫瘤による占拠性病変、外傷などによる癒着などがあります。糖尿病や先端巨大症などでは発症しやすいと言われています。女性に多く発症し、両側性のこともしばしばです。
症状は、母指・示指・中指・薬指橈側(親指側)と手のひらの痺れ・痛みで、進行すると親指の動きが悪くなり、母指球が萎縮します。夜中にしびれて目が覚めたり、起床時にしびれが強かったり、手を振ると楽になるという特徴があります。
臨床症状がそろっていれば、それだけで診断が可能なことも結構あります。診断としては、絞扼部を圧迫することによってしびれが誘発されたり(Tinel様徴候)、手首を曲げて(掌屈)症状の再現性をみたり(Phalen徴候)します。また、MRIなどで占拠性病変がないかも調べることもありますが、最終確認は、電気生理検査で行います。手根管部での正中神経の伝導速度の遅延などで正中神経が障害されていることを証明します。
治療は、投薬に加え、手首の使用を控えて安静を保ったり、脱着可能な手首のコルセット(リストスプリント)を着けたりすることで経過をみますが、効果が乏しく患者さんの希望がある場合には外科治療を行います。また、母指球筋が委縮してきているようであれば外科治療をお勧めします。当科では、局所麻酔下に手根管部に2-2.5cmの皮膚切開をおき、顕微鏡下に手根管を開放し、神経を剥離する手術を行っています。通常は外来手術ですが、希望によって1-3泊入院とすることもあります。


左から順に手術が進行しています。左端は長掌筋を露出しているところで、これを分けると横手根靭帯が露出されます。(左から2番目)横手根靭帯の近位側の切開(左から3番目)をし、ついで、遠位側の切開(右から2番目)をします。完全に横手根靭帯が切離されると、右端の如く正中神経が盛り上がってきます。

2.肘部管症候群
肘の内側から第4、5指へ向かう尺骨神経が障害されたものです。肘部で尺骨神経が絞扼されて障害されたものを肘部管症候群といいます。最近は、肘部尺骨神経障害と呼ばれるようになりつつあります。
肘の使い過ぎで起こることが多く、糖尿病や肘の骨折の既往も発症に影響します。また稀に、ガングリオンや神経鞘腫などの占拠性病変、外傷などによる癒着などでも発症することがあります。肘を曲げることにより尺骨神経は引き延ばされ、肘の骨にこすり付けられます。更に筋膜で出来た狭いトンネルの下を潜り抜けるため、神経が締め付けられやすい状況にあります。
症状は、第4、5指から手の小指側(尺側)のしびれです。明け方にしびれが強いことがあり、進行すると感覚が鈍く、運動障害が出現し小指球が萎縮することもあります。
診断は、上記臨床症状に加え、肘を曲げて症状が強くなる(elbow flexion test)かどうか、絞扼部を圧迫することによってしびれや痛み(Tinel様徴候)が放散するかどうかなども診断には有用です。最終的には電気生理学的検査にて、肘部での尺骨神経の伝導遅延などで障害の程度を確認します。
治療は、最初は投薬です。また肘を極力曲げないよう指導しますが、症状の改善が得られない場合で患者さんの希望があった時、筋委縮がみられるような場合には外科治療を行います。当科では、局所麻酔下に顕微鏡下で肘の内側にそって弧状の皮膚切開をおき、神経への圧迫を除去したり、尺骨神経を前方に移行したりする手術を行っています。


左から手術の経過を示しています。左端はオズボ-ンバンドを切離しているところです。左から2番目は尺骨神経が露出されたところです。遠位部での絞扼は解除されましたが、近位側での絞扼が残っており、筋間中隔を切開してさらに減圧を図っています。(右から2番目)右端の写真は、尺骨神経溝に尺骨神経が戻らないように結合組織を縫合しています。

3.胸郭出口症候群
腕神経叢の一部もしくは鎖骨下動・静脈が、前斜角筋、中斜角筋、第1肋骨で囲まれる間隙において圧迫されて生じる病態です。病態より、神経性、血管性、非特異性胸郭出口症候群に分けられます。
最も多い症状は、上肢の痛みとしびれで、95%の症例に存在するといわれています。運動神経症状は約10%の症例に存在し、小指球や骨間筋の筋委縮を認めることもあります。典型的な胸郭出口症候群は、第4、5指から手の小指側、前腕尺側のしびれです。
診断は、上記症状に加え、上肢を挙上した際に症状が再現したり、鎖骨上で前斜角筋近傍を圧迫した際にしびれがいつもの場所に放散したりすることを確認します。また、腕神経叢と同時に鎖骨下動脈が圧迫されることもあり、上肢を挙上することで手が蒼白になったり、橈骨動脈の脈が触れにくくなったりします。私たちは少し体を挙上して上肢を挙げた姿勢でMRIを撮ったり、造影CTで血管撮影をしたりしていますが、まだまだ一般的な診断方法であるとはいえません。電気生理学的検査でも診断は困難ですが、典型的な胸郭出口症候群では、前腕内側皮神経障害などの所見がみられることもあります。


手術の適応は、上肢の痛み、しびれ、筋力低下が保存的治療にても改善しない症状の強い症例としています。除外診断的要素が大きく、議論が多い疾患ですので、私たちは、誘発テスト(Roos test, Morley test, Adson test, Wright testなど)が陽性になることはもちろん、しびれ・痛みが尺側であり、上肢挙上位での3DCTAにおける鎖骨下動脈の狭窄所見があるもののみを手術対象にしています。典型的な胸郭出口症候群では、母指球筋の萎縮を認め、電気生理学的にも診断可能とされていますが、電気生理学的診断がうまくできない症例も存在しています。
治療は、最初は必ず理学療法および筋弛緩薬などの薬物治療から始めます。症状が強くて日常生活が成り立たない症例や、母指球の筋委縮が出現している症例では手術を行います。
私たちは、鎖骨上アプローチで直接腕神経叢を確認するようにしています。鎖骨の上1-2cmのところで胸鎖乳突筋の外縁から外側に向かって皮膚線に沿って約6cmの切開を行います。前斜角筋と、鎖骨下動脈を確認し、さらに深部で中斜角筋と第1肋骨を確認します。前斜角筋、中斜角筋を切断し、第1肋骨も切除し、腕神経叢の減圧を確実に行います。


左上から右下に向かって手術が進行しています。上段左端は皮膚を切ったところで、肩甲舌骨筋(白矢印)と肩甲上神経という細い神経が数本見えています。上段中央は、さらに深部に行き、内側で前斜角筋(白矢印)を露出したところです。前斜角筋の上を横隔神経(緑矢印)が走っているのが分かります。上段右端は、前斜角筋を切断(白矢印)し腕神経叢(黄矢印)が露出されているところです。その内側には拍動する鎖骨下動脈が見えています。(赤矢印)下段左端は、腕神経叢(黄矢印)の下に中斜角筋(白矢印)が見えているところです。下段中央は、第1肋骨(黒矢印)から中斜角筋(白矢印)を切離しているところです。下段右端は、第1肋骨(黒矢印)を切除しているところです。

4.腓骨神経絞扼障害
膝の下外側にある腓骨頭の後方を走る腓骨神経が、前方に回ってきた場所辺りで絞扼されておこる絞扼性神経障害です。
ガングリオンや神経鞘腫などの占拠性病変、外傷などによる癒着などがあげられますが、加齢や不良肢位、糖尿病などが原因でおこる特発性のことも多いことが知られています。膝を曲げて正座をすることが多い日本人には起こりやすい疾患かもしれません。 また、足関節の底背屈を頻繁に行うことも発症の原因になることがあります。
症状は、下腿外側から足の甲にかけてのしびれ・痛みです。時に足関節や第1足趾の背屈も障害されることがあります。腰部脊柱管狭窄症などで第5腰神経根が圧迫された場合にも同様の部位にしびれ・痛みが出ますので、注意が必要です。
今のところ、放射線学的検査や電気生理学的検査などの客観的な診断が困難であり、臨床症状が最も重要です。絞扼部を圧迫することによって放散するしびれや痛み(Tinel様徴候)が最も診断には有用です。起立や歩行で悪化することが多いため、腰部脊柱管狭窄症による症状と区別が難しく、腰の手術後に症状が残った場合には、本病態の合併について考慮する必要があります。
治療としては、投薬治療やブロックなどを行いながら、膝を深く曲げる姿勢やハイソックスの使用を控えるようにします。症状の改善が乏しく、患者さんの希望があった場合、足関節や母趾の背屈障害を生じている場合には外科治療を行います。当科では、局所麻酔下に腓骨頭の下方で4-5cmの斜めの皮膚切開をおき、腓骨神経の絞扼を解除する術を行っています。外来手術が基本ですが、希望によっては1-3泊入院も可能です。


手術中の写真です。この症例では腓骨神経(黄矢印)が長腓骨筋膜を貫通する部位(赤矢印)での強い絞扼を認めました。解放された後も腓骨神経に圧痕が見られました。腓骨筋下を剥離していくと、腓骨神経が浅腓骨神経と深腓骨神経に分かれているのが確認されました。