脊髄腫瘍

脊髄腫瘍

脊髄腫瘍は、人口10万人当たり年間2.5人の発症率で、非常に稀な疾患です。発生部位別に、髄内腫瘍(脊髄の中にできた腫瘍)、硬膜内髄外腫瘍(硬膜の中で脊髄の外側にできた腫瘍)、硬膜外腫瘍(脊椎腫瘍など硬膜の外にできた腫瘍)に分けられます。手・体幹・足のしびれ、痛みなどの感覚障害、脱力で発症することが多く、ほかの疾患と症状だけからは区別が困難な場合が少なくありません。腫瘍性病変が疑われる場合には造影剤を用いたMRIが必要となります。
脊髄腫瘍は、一般病院では年間数例も経験できないものです。脊髄腫瘍の摘出は非常に繊細な手術であり、高度な技術が要求されます。少しでも手術後の運動・感覚障害の増悪を防ぐために、手術中には多チャンネルの神経生理モニタリングを行いながら、顕微鏡を用いて慎重に行われます。

以下に脊髄腫瘍の例をあげます。
1)脊髄髄内腫瘍
脳実質内腫瘍と比較すると症例は明らかに少なく(かなり稀な疾患)、経験の多い医師のもとを受診するのが最良です。脊椎・脊髄手術の中で占める割合も僅かです。脊髄髄内腫瘍のほとんどが組織学的に脳腫瘍と同じものであること、脊髄腫瘍は脳腫瘍と比べも少ないことを考えれば、手術経験が多く、術後療法にも慣れた脳神経外科医が扱うべき疾患といえます。脊髄の後正中溝から侵入する方法と、神経根の後根侵入部から入る方法がありますが、どちらも正確に分けて入るには、経験と技術が必要です。
さらに私たちは、神経モニタリングを使って、神経症状を悪化させない手術を心掛けています。

A) 神経上衣腫(脊髄髄内腫瘍のうち最も多い腫瘍です。)



左側から、MRI T1強調像矢状断、MRI T2強調像矢状断、MRI造影矢状断、MRI 造影冠状断、CT造影矢状断、右端上段はMRI T2強調像水平断、右端下段MRI 造影水平断


上は、実際の手術時の顕微鏡下の写真です。
左上の写真で白く見えるのが脊髄で、表面には血管が走っています。写真のように慎重に観察すると、これらの血管の一部(矢印)が脊髄内に侵入しており、これが左右を分ける正中溝となっています。右上の写真のように、きれいに分けると、矢印のように血管が分かれて見られます。左下は腫瘍が露出されたところです。灰色にみえるのが上衣腫という脊髄腫瘍です。右下が腫瘍を全摘出した写真です。


脊髄上衣下腫の手術です。腫瘍が右に偏っていたため、後側方溝から進入し、脊髄のダメージを最小限にしています。神経根の隙間から腫瘍を摘出しています。神経根もしっかり温存され、術後の経過も非常に良好です。

B) 血管芽細胞腫(血管の塊のような腫瘍で、良性腫瘍です。)


左の3枚の図は造影MRIです。造影剤にて強く白く染まります。右から2番目が3DCTA (CTでの血管造影)で、右端が血管造影です。血管の塊のように描出されます。


手術時の顕微鏡下の写真です。オレンジ色の塊が腫瘍です。脊髄表面から露出しているものは、露出している境界を丁寧に分けて腫瘍を摘出しますが、非常に出血しやすいので、かなり丁寧な手術が必要になります。


2)硬膜内脊髄髄外腫瘍
硬膜内髄外腫瘍の代表は、神経鞘腫と髄膜腫です。日本では神経鞘腫が最も多くみられます。脊髄を圧迫して、脊髄症状(手足のしびれや痛み、歩行障害、脱力など、ふらつきなど)を示すことがほとんどです。
多くは良性腫瘍であり、全摘出されれば、術後療法(放射線・化学療法など)はほとんど必要とされません。

A) 神経鞘腫
神経鞘腫は、全脊髄腫瘍の約30%を占め、最も頻度の高い腫瘍です。
神経根はいくつかの細根(rootlet)が集まってできており、神経鞘腫はその中のさらに細い神経束(fasciculus)の中にある有髄神経を包む鞘(神経鞘)から発生します。したがって、顕微鏡下で拡大をすることにより、腫瘍と正常神経を分離し摘出できれば、術後の神経障害をかなりの確率で回避することが可能になります。
一般的には神経根ごと腫瘍を取ってしまう方法が広くなされています。それでも術後の神経症状の悪化は一時的であると報告されていますが、精密なマイクロサージカルテクニックを使えば、より繊細な手術が可能であり、多くの神経を残すことが可能です。私たちは、可及的に正常神経を残す努力をしており、これまで学会でも報告してきております。


左上3枚はMRI矢状断です。左から順にT1強調像、T2強調像、造影T1強調像です。右の2枚は造影MRIの水平断です。


上の8枚は実際の手術時の顕微鏡下の写真です。上段左端は硬膜を開けたところです。くも膜下に黄白色の腫瘍がみえます。上段左から2番目は、くも膜を開けて腫瘍を露出し、一部を摘出して病理組織検査のために提出しようとしているところです。正常な神経細根(rootlet:矢印)を剥離して、傷つけないようにして腫瘍を摘出していきます。上段右から2番目は、腫瘍の下側を完全に露出するために歯状靭帯をさらに切開しているところです。上段右端は、さらに腫瘍の内減圧を行い、脊髄を圧迫することなく、すべてを取りきることが出来るようにしているところです。超音波吸引機を使用しています。下段左端は、腫瘍化した神経(矢印)を切断するところです。下段左から2番目は、腫瘍を引き出したところです。下段右から2番目は、さらに腫瘍を引き出し、腫瘍化した神経を同定したところです。(矢印)下段右端は腫瘍を取りきったところです。上側に脊髄(矢印)が見えています。腹側にも神経細根がみえます。正常神経はすべて温存されています。

B) 髄膜腫
髄膜腫は、全脊髄腫瘍の約20%を占め、2番目に頻度の高い腫瘍です。硬膜(脊髄を包む膜)から発生する腫瘍であり、基本的に良性腫瘍です。中高年の女性で、胸椎レベルに発生する頻度が高い腫瘍です。
硬膜発生腫瘍ですので、できる限り硬膜の下にあるくも膜を温存した手術を行います。しかし、くも膜に浸潤している場合は、くも膜も一緒に切除しなければならないときもあります。

上段左側から、MRI T2強調像矢状断、MRI T1強調像矢状断、MRI造影矢状断、MRI T2冠状断、MRI造影冠状断、下段左の2枚はMRI造影水平断(ほとんどが腫瘍に占拠され、白矢印のように脊髄は非常に強く圧迫されています。)、骨条件CT(一部青矢印のように石灰化を生じています。)、下段左端は造影CT水平断 。赤矢印はすべて腫瘍を示しています。


上段左端が、硬膜を切開しているところです。上段左から2,3番目は、腫瘍が発生している部分の硬膜を外層だけ切開し、内層ごと腫瘍と摘出しているところです。(全層切除をしたほうが良い場合もあります。)上段右端は腫瘍を脊髄側から剥がしているところです。下段左端はマイクロ鑷子(はさむ道具:ピンセット)でくも膜から腫瘍を剥がしているところです。下段左から2番目は、さらに剥離を行っているところで、3番目は腫瘍の付着部を切離しているところです。これで腫瘍が全摘出されます。下段右端が、取り切った後の写真です。くも膜が残っており、脊髄とくも膜の間には脳脊髄液が流れています。脊髄には触れずに手術がなされています。