分子医科学研究所

細胞外マトリックスプロテオグリカン・バーシカン:ドメイン機能から創薬へ

 分子医科学研究所 渡辺秀人

p_mml_01_01 ヒトには約60兆個の細胞があると言われているが、人体は細胞のみから構成されているわけではない。細胞の周囲には細胞外マトリックス(Extracellular Matrix, ECM)と呼ばれる構造が存在しており、その容積のほうが細胞自体の占める容積より大きい。ECMは細胞を支持して臓器や組織の構築に寄与するのみならず、種々のサイトカインや増殖因子の蓄積と濃度勾配形成により細胞へのシグナル伝達を調節している。すなわちECMは細胞挙動を制御する微小環境の本体なのである。

 私達は細胞外マトリックスの構築と機能に関して長年に亘って研究を遂行している。近年は、ECMのダイナミズムを担うコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(chondroitin sulfate proteoglycan, CSPG)、バーシカン(Vcan)の生体内機能に関して同分子ならびにコンドロイチン硫酸(chondroitin sulfate、CS)の合成酵素遺伝子の遺伝子改変マウスを用いて解析してきた。その結果、Vcanが(1)真皮コラーゲンの線維幅を規定していること、(2)心内皮細胞の上皮間葉転換、心筋細胞の分化、心中隔形成の各過程において重要な役割を果たしていること、(3)TGFβの局在調節を介して軟骨分化と関節形成に重要な役割を発揮していることを明らかにした。

 致死的臓器障害とその修復過程においてECMは大きな変容を遂げる。組織・臓器の障害を伴う種々の病態の進展過程におけるVcanならびにVcanのCSの機能の解明は致死的臓器障害の予防と治療に役立つ手掛かりを提供すると考えられる。本事業では、種々のVcan遺伝子改変マウスを用いて、炎症・修復過程ならびに腫瘍の増殖・浸潤におけるVcanの役割の詳細とその作用機序を解明し、Vcan機能ドメインの情報を基に腫瘍挙動制御へむけた創薬開発への手掛かりを探る。

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合成コンドロイチン硫酸ライブラリーを用いた医薬開発

分子医科学研究所 杉浦信夫

p_mml_02_01 コンドロイチン硫酸(CS)は2種類の糖(グルクロン酸とN-アセチルガラクトサミン)の繰り返し構造を基本骨格とし、その糖鎖水酸基に硫酸基が高度・複雑に修飾された酸性多糖体である。生体内ではプロテオグリカン(PG)としてコアタンパク質に結合した状態で広範に存在しており、軟骨などの結合組織の細胞外マトリックスに多く含まれている。近年になって神経系疾患や感染症との関与が見出され、それらの生理機能が注目されている。しかし、CSの糖鎖構造は複雑・多様であり、それぞれの生理機能を発揮するCS構造(活性ドメイン)の詳細は未だ解明されていない。

 神経系においては、脊髄損傷により切断された脊髄神経細胞が、損傷部位に発現したCSPGによりその軸索伸展が阻害され、CS分解酵素を投与することにより神経細胞の再生が促進された。また、神経細胞表面のCS特異的受容体(PTPσ等)も見出されている。我々は神経系サイトカイン(ミッドカインやプレイオトロピン)が特定のCS構造と結合することや、特異なCSが神経細胞の軸索伸展に影響を及ぼすことを見出している。したがって、CSは神経損傷や神経変性によって障害を受けた神経機能の回復を促進することが期待され、神経障害や神経疾患に有効と考えられる。

 我々は、組換えCS合成酵素群を用いて,糖鎖長と修飾硫酸基の位置と割合を任意に調整し、構造がより均一で明確なCS糖鎖を合成する技術を開発した。この合成CSライブラリーを用いて神経系サイトカインや神経細胞のCS受容体に特異的な親和性を持つCS構造を決定し、特定の神経細胞に対する生理・薬理作用を見出すことで、神経疾患治療薬開発の基盤となり得る。

 また、多くの感染症においてCSは病原体(ウイルス、細菌、原虫など)の感染に影響することが分かっていた。例えば、デング出血熱を引き起こすデングウイルスや成人T細胞白血病の原因ウイルスHTLV-1が特定のCSに結合すること、そのCS添加によりそれらウイルスの感染を阻害することを、我々は見出している。我々が構築した合成CSライブラリーを用いてこれらウイルスとの特異結合構造を解明することで、抗ウイルス効果を示す新規医薬品の開発を目指す。

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 細胞外マトリックスに存在するコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)は細胞外環境の各種因子(サイトカイン、病原体、自己または他の細胞など)から細胞本体への情報(シグナル伝達、感染、相互作用)を調整する。

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