生化学講座

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ヒ素によって引き起こされる病態の分子基盤解析 (細川担当)

 生化学講座  細川好孝・太田明伸・シバスンダランカルナン・小西裕之

p_biochem_01 ヒ素は食物や飲料水に含まれる環境汚染物質であり、高濃度ヒ素の摂取は致死的な臓器傷害を引き起こす。現在、アメリカ西部、メキシコ、台湾、バングラディシュ、インドなど世界中でおよそ一億の人々がヒ素暴露に晒されている。近年の疫学研究から慢性的な高濃度ヒ素曝露によってアテローム性動脈硬化症などの心疾患や高血圧症の発症リスクが増大することが示されたが、その分子基盤については不明な点が多い。我々はヒ素暴露による心疾患や高血圧症発症の分子基盤を解析するために、マウス大動脈血管内皮細胞株END-Dを用いて、以下の研究を行っている。(1)  1型アンギオテンシンII受容体(AT1R)の遺伝子発現解析: (図1、投稿中)(2)  酸化LDL受容体LOX-1の遺伝子発現解析と機能解析:(図2、投稿中)ヒ素曝露による心疾患、高血圧の発症に関する新たな知見を集積しその分子基盤を明らかにすることは、エビデンスに基づく診断・治療・予防法の開発につながる可能性が高い。

1  ヒ素は活性酸素の産生を介してAngII受容体AT1Rを発現誘導する

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図2  ヒ素はLOX-1を介して血管内皮細胞の酸化LDLの取り込みを増強する

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遺伝子ターゲッティングを用いた機能解析と薬剤スクリーニング (小西担当)

生化学講座 小西裕之・細川好孝

p_biochem_02_01 肺がんは、わが国のがん種別死亡者数の第一位を占める代表的な難治がんです。肺がんの発生・進展の要因のひとつは異常に活性の高い変異KRASタンパク質の出現であり、このタンパク質を特異的に阻害する化合物は抗がん剤候補として有望と考えられています。しかし、KRASに対する特異的阻害剤の合成は困難とされ、明確な臨床的効果を持つ阻害剤は未だ見出されていません。

 私たちは、変異KRASタンパク質自身を標的とする代わりに、KRAS遺伝子が変異した細胞内環境でのみ毒性を発揮する(KRAS変異と合成致死性を持つ)化合物を探索する方針としました。そこで、まず遺伝子ターゲッティングにより、正常ヒト気道上皮細胞株が持つ野生型KRAS遺伝子をがん原性KRASG12V変異遺伝子に置換(ノックイン)し、クローンを樹立しました(図1)。このKRAS変異のノックインは、アデノ随伴ウイルスの骨格を持つターゲッティングベクターを用いて行いました。

 本研究では、KRAS変異ノックインクローンと対照細胞群(親株など)からなる細胞クローンペアを用いて、KRAS変異細胞にのみ増殖抑制効果を示し対照細胞には影響を及ぼさない化合物の同定を目指します。そこで、本事業の他グループ(梅澤研究室)との共同研究により、同研究室が所有する微生物培養液や植物抽出液に由来する化学物質を対象として、細胞クローンペアの増殖速度を指標としたスクリーニングを行う予定です。また、入手可能な既存の低分子化合物ライブラリーに対しても同様のスクリーニングを計画しています。KRAS変異細胞のみに増殖抑制効果を示す化合物が得られた場合、これをリード化合物として分子デザインを行い、抗がん剤シーズとなる化合物の創出を目指します。

 本研究で用いるヒト細胞クローンペアは、KRAS遺伝子コドン12の変異の有無を唯一の遺伝的相違とし、他は理論的にはまったく同一です。化合物に対するこの細胞クローンペアの感受性を比較検討することにより、アーチファクトを極力排除した信頼性の高いスクリーニングを行えると考えています。

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神経線維腫症1型のオリゴアレイCGH解析 (カルナン担当)

生化学講座  シバスンダランカルナン・太田明伸・小西裕之・細川好孝

p_biochem_03 神経線維腫症I型 (von Recklinghausen病、以下NF1)は、多発性のカフェオレ斑、多発性・散在性の皮膚神経線維腫および虹彩小結節などを特徴とする常染色体優性の遺伝性疾患であり、約3,000人に対して1人の割合で発症する。これまでに、NF1発症の原因として染色体17q11.2に位置するNeurofibroma INF1)遺伝子のヘテロ欠失または突然変異が知られている。しかしながら、皮膚神経線維腫の形成・増殖・進展に関わる2次的なゲノム異常は特定されていない。我々は、最新のオリゴアレイcomparative genomic hybridization (CGH)法による高解像度ゲノム解析技術を利用して、NF1患者の神経線維腫から新たなゲノム異常領域(増幅または欠損)を体系的に探索し腫瘍関連遺伝子を同定した。NF1の微細なゲノム異常領域を解析し、新たな腫瘍関連遺伝子を同定することは、神経線維腫の進展に関わる分子基盤の解明につながる。将来的には関連遺伝子を標的とした新規分子標的治療法の開発が可能となり、臨床的意義は高い。

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実験風景

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