腰椎椎間板ヘルニア

腰椎椎間板ヘルニア

1)疾患概念
腰椎は5つの骨と椎間板(椎体と椎体の間に存在するクッション)が交互に組み合わさった構造をしています。この骨の真ん中の管腔構造の部分(脊柱管)に硬膜という線維性の膜に包まれた神経が存在します。ここの部分の神経は頚椎とは異なり、細い神経が束になって集まった形(馬尾神経)になっています。骨と骨の間の小さな穴(椎間孔)からはこの馬尾神経の1対(運動神経と感覚神経)である神経根が出ていきます。神経根は左右それぞれ5対あり、臀部、大腿、下腿、足などに到達します。これにより、下肢を動かしたり、感じたりすることができます。
椎間板は、何層にも組み合わさった弾性線維によって構成され、線維輪とこれに包まれるように存在する髄核からなります。椎間板は元来血管に乏しい組織であり、既に4~5才頃にはその血流は消失します。このように早期から変性する運命にある椎間板に過剰な運動、外傷、加齢が加わると線維輪の断裂や膨隆、更には髄核の脱出が生じ、これらが神経根、馬尾神経、脊髄を圧迫します。この状態を椎間板ヘルニアと言います。
以下に腰椎の模式図を示します。


左端の図は、冠状断です。一般的な腰椎椎間板ヘルニアは脊柱管内に出ますが、約10%の腰椎椎間板ヘルニアは脊柱管の外、いわゆる椎間孔の中から外に向かって飛び出します。同じ椎間でも圧迫する神経根は異なります。一般的な椎間板ヘルニアでは椎間レベルで分岐する神経根(第4/5腰椎レベルであれば第5腰神経根)が圧迫され、特殊な椎間板ヘルニア(外側型)ではその1つ上の椎間レベルで分岐する神経根(第4/5腰椎レベルであれば第4腰神経根)が圧迫されます。中央の写真は模型で、それぞれの椎間板ヘルニアの位置を示しています。特殊な椎間板ヘルニアは、関節(反対側の関節を破線で囲んでいます)のちょうど前側に出ています。右端は腰椎椎間板ヘルニアの模型です。赤矢印で腰椎椎間板ヘルニアが示されています。
2)実際の症例
一般的な腰椎椎間板ヘルニアのMRIを示します。
下に示した左の2枚の写真は矢状断像(横からみた像)で、順にT2強調像、T1強調像です。第4腰椎と第5腰椎の間に椎間板ヘルニアがみられます。(赤矢印)右の2枚は水平断で、脊柱管内の右側に椎間板ヘルニアがみられ、神経と硬膜嚢が圧排されています。


次に外側型椎間板ヘルニア(特殊なタイプの椎間板ヘルニア)のMRIを示します。 左側から2番目が矢状断像で、第5腰椎と仙椎の間の椎間孔が狭くなっています。左から3番目が水平断像で、右の椎間孔外に大きくヘルニアが飛び出しているのが分かります。赤矢印で示しています。一番右が冠状断像で右第5腰神経根が椎間板ヘルニアによって上方に押し上げられています。ちょうど左端の模型のように大きな椎間板ヘルニアが第5腰椎と仙椎の間の椎間孔外に飛び出しているのが分かります。


3)症状
椎間板が飛び出しても神経を圧迫するほどではなければ、症状は腰痛のみのこともあります。しかし、馬尾神経や神経根を圧迫すると、臀部の痛み、下肢の痛み・しびれなどの知覚障害、筋力低下に伴う歩行障害、排尿困難、排便困難など、種々の症状を呈します。
4)診断
神経学的検査にて、しびれ・痛みの範囲を調べたり、筋力検査にて筋力低下を検出したり、深部腱反射の低下具合を調べたりします。神経学的後診断をした後に、MRI、レントゲン、CTなどの画像を撮影し、診断を確実にします。
5)治療
腰椎椎間板ヘルニアは、7-8割の症例が安静、投薬治療、温熱療法などの理学療法により改善するといわれています。このため、約1か月間は基本的に保存的治療を行います。(安静、鎮痛剤、シップ、腰椎コルセットなど)しかし、痛みが強くて日常生活が全く成り立たない場合、麻痺が強い場合には手術を考慮することもあります。尿閉(尿が出なくなること)になってしまった場合には、緊急で手術をする必要があります。また、排便が困難になった場合にも、早い時期に手術を行った方がよいと考えます。(神経が死んでしまう前に)
これら以外に、1か月を超えても症状が続く場合に手術を考慮します。しかし、明らかに症状が改善傾向を示していれば、保存的治療を続けます。3か月を超えても筋力の低下や痛みが消えない場合は、手術をお勧めします。
6)手術治療
現在は、顕微鏡下の手術が中心になっています。腰椎椎間板ヘルニアでは、硬膜や神経根との癒着が結構な頻度で見られます。したがって、肉眼での手術は決して行いません。手術は全身麻酔でうつ伏せの状態で行ないます。体の正中で2-4cm(体の大きさによって変わります)の皮膚切開を起きます。椎間板が飛び出している椎間レベルの上下の椎弓を削り、馬尾神経と神経根を内側によけて椎間板ヘルニアを摘出します。手術時間は1時間くらいで終わります。

下の図は一般的な腰椎椎間板ヘルニアの手術中の写真です。上段左から右、下段左から右へと手術の経過が示されています。白矢印が硬膜嚢で、緑が神経根です。黒矢印が椎間板ヘルニアです。
この症例は神経根と脱出した椎間板ヘルニアが強固に癒着している症例でした。神経根を内側に牽引しながら顕微鏡下に丁寧に剥離していくことにより、破れた後縦靭帯が露出され(上段左から2,3番目の黒矢印)、ここを広げて椎間板ヘルニアを摘出(2本の黒矢印)しています。下段一番右がヘルニアを取り終えたところです。神経根の緊張がなくなり、正常走行に回復しているのが分かります。

顕微鏡下に、ドリルにて椎弓の外側と下関節と状関節の一部を切除し、スペースを確保しています。(上段左端)神経根と椎間板ヘルニアの間を丁寧に剥離していくことにより、椎間板ヘルニアが露出され(上段左から2,3番目の黒矢印)、メスで切開を加えると(上段右端)、椎間板ヘルニアが自壊してきます。(下段左端)これを鉗子で引き摺り出しています。(下段左から2,3番目の黒矢印)下段右端がヘルニアを取り終えたところです。神経根が術野いっぱいに見え、緊張もなく正常走行に回復しています。


7)術後経過
手術の翌日から歩行していただきます。手術の数日後から1週間後には退院が可能です。

8)最近の手術方法について
今後、内視鏡や外視鏡を使った手術も積極的に行っていきます。これまで顕微鏡にこだわってきましたが、顕微鏡でなければ立体視ができなかったからです。しかし最近の内視鏡や外視鏡は、2次元モニターで見るものの、なんとなく立体的に見えるほど、画質が向上しています。