学 長 石川 直久
愛知医科大学は,名古屋市東部の長久手町に位置しています。この長久手町は,古くから小牧・長久手の戦いで知られていますが,最近,更に新しい歴史の一ページを刻みました。21世紀最初の万国博覧会「2005年 愛・地球博」がこの長久手町を主会場として開かれたからです。
万博において本学は,救命救急科を始めとする多くの診療科が協力を惜しみませんでした。
万博の開催に拘わらず,この地域はここ十数年,著しい発展を遂げています。道路は広くなり,新しいビルや個人の住宅もかなり建てられました。更に長久手町には,本学を含め4大学のキャンパスが集中しており,活力のある文教地区にもなっています。
本学へのアクセスは,名古屋市を東西に貫通する広小路通り,それから延びる東山通りを東へ行くと杁ヶ池交差点に着きます。交差点の目安は,高架のリニモの線路です。リニモとは,リニアモーターカーの略称・愛称で,磁石で電車が浮き上がって進む新しい軌道の電車です。この交差点を左へ曲がり,高架の下,長久手町図書館通りを北へ進み坂を下ったところで,11階建ての愛知医科大学病院が右手に見えてきます。別のルートとしては,名古屋城・名古屋市役所から真っ直ぐ東へ向かうルートです。瀬戸市へ向かう通りを東へ,更に四軒家を東進し,晴が丘の交差点で南進すると左手に本院が見えます。
地下鉄を利用される方は,東山線の終点「藤が丘駅」で下車し,スクールバスを利用されると本院へ直行できます。朝は5~10分間隔で運行されています。
本学に着くと,大学の前に立石池があります。池の周囲は,散歩道になっており春は桜で賑わい,ツツジが満開の時は壮観です。夏は渡り鳥も羽根を休めている憩いの場所です。
病院や大学の間の広い芝生のなかに,赤と白に染められた派手なヘリコプターが常駐しています。このヘリは救命救急用で,一日に何回も離着陸し,県内外各地の救急患者を転送しています。救急患者を早く救命し,早く病院へ転送することに全力を挙げているのが分かるはずです。このヘリは平成14年1月から業務を開始し,愛知県のみならず近県の患者の救命に大きな貢献をしています。
本院はこのヘリの救命救急のみに力を入れているわけではありません。地域住民の要望に応え,それ以外の救急・時間外救急にも対応し,内科・外科・産婦人科など全科で当直体制を敷いています。今,わが国では小児科医の夜間不在が問題になっていますが,本院では小児科救急の時間外患者も多く,お母さん方の頼りになっています。
本学は,創立以来38年にもなります。この間,3千名を超える優れた医師や研究者を世に送り出しました。「患者さん第一」を標語にし,多くの優秀な臨床医を創り出しました。医師の出身地は東海地方が多いですが,北海道から沖縄まで広範囲から人材が結集しています。
また,平成17年度に日本医療機能評価機構の病院機能評価を受審し,愛知県内の大学病院では初めて機能評価に合格しました。
本学は,基本的には「良い臨床医をつくる。臨床に基づいた基礎的研究をする。」という目標を掲げています。良い臨床医とは何か。「患者を全人的に見る習慣をつけることができる。このような医師を養成する。」この目標を達成するために,平成16年4月に医学教育センターを発足させました。医学教育センターでは新しいカリキュラムを作成し,学生時代から患者や職員相互の対話ができる医師を目指し,医学生のモチベーションを高めて,医学教育の成果を上げるべく努力しています。
更に,患者さんに優しい全人的な医療を行える医師,一般的な病気の診断・治療ができる医師を養成する目的で,平成15年2月に卒後臨床研修センターを発足させました。卒後臨床研修センターは,副院長が責任者となり,平成18年4月からは看護部からのスタッフも加わり,卒後研修の充実を図っています。また,平成18年度からは,臨床研修後に専門医へ進みやすくする制度である後期研修医制度つまり専修医制度を整備しました。
また,本学は大学院医学研究科も早期から設置しています。平成18年度からは,社会人入学制度を開始し,社会人への門戸を広げました。多くの若手医師や研究者が集うことを願っています。
本学は,平成12年4月に4年制の看護学部を創設しました。看護学部においても教授陣が充実しており,平成16年4月には大学院看護学研究科が設置され,修士号が取得できます。看護学部,看護学研究科においても,「現場の患者さんを重視する。患者さんに優しい看護とは何かを追究する。つまり人間性を重視する看護」という方針を出しています。
また,平成20年4月には,社団法人日本看護協会から認定看護師教育機関として認定された看護実践研究センターを開設しました。
看護学を志す多くの方々が,わが愛知医科大学に集い来ることを心から歓迎いたします。